コウモリダコ(学名:Vampyroteuthis infernalis)は、深海に生息する非常に独特な頭足類です。その名前はラテン語で「地獄のヴァンパイアイカ」を意味し、英語でも「Vampire Squid(ヴァンパイア・スクィッド)」と呼ばれます。
見た目はタコとイカの中間のような存在で、腕の間を埋める黒いマント状の腕間膜と、大きな目(体サイズ比で動物界最大クラス)、そして腕先に光る発光器を持ちます。
しかしコウモリダコは分類学上、タコでもイカでもありません。タコ目・イカ目のどちらとも異なる「コウモリダコ目」という独自の分類群に属しており、まさに深海が生んだ独自の進化の産物です。
8本の腕は、黒い皮膜(腕間膜)でつながれています。これを広げるとコウモリの翼のように見えることがコウモリダコの名前の由来の一つです。腕間膜の内側には細かい棘状の突起(棘毛)が並んでいます。
コウモリダコには腕8本の他に、引き込める2本の長いフィラメントがあります。これは退化したイカの触手に相当すると考えられており、獲物の感知や採食に使われると推測されています。
目は体サイズと比較して非常に大きく、直径最大2.5cm。体色は深い赤褐色〜黒色で、暗い深海では目立ちません。
腕の先端付近に発光器を持ち、青白い光を発します。腕をひっくり返すことで内側の発光器を見せる「フォトフォア・ディスプレイ」を行い、捕食者を混乱させると考えられています。
コウモリダコは世界の熱帯〜亜熱帯の深海に広く分布します。主な生息深度は600〜900m(最大2,000m)。この深度帯は「酸素極小層(OMZ:Oxygen Minimum Zone)」と呼ばれ、溶存酸素量が非常に少ない環境です。
多くの生き物にとって過酷なOMZですが、コウモリダコは低酸素環境でも効率よく酸素を利用できる血液(ヘモシアニンを高濃度含有)を持ちます。これがコウモリダコの主要な天敵を少なくする要因にもなっています。
コウモリダコの食性は、多くの頭足類と大きく異なります。タコ・イカが積極的に獲物を捕食する「捕食者」であるのに対し、コウモリダコは「海の雪(Marine Snow)」を食べる腐食食者(デトリティボア)です。
海の雪とは、プランクトンの死骸・排泄物・粘液などが凝集して海底に向けて沈降する有機物の粒子です。コウモリダコは2本のフィラメントを伸ばして海の雪を絡め取り、腕の内側の粘液で球状に固めて口に運びます。
積極的な捕食をしないため、エネルギー消費が非常に少なく、低酸素・低温の深海環境に完璧に適応しています。
コウモリダコは外敵に対して以下の防御行動を取ります。
コウモリダコの祖先の化石は白亜紀(約1億年前)の地層から発見されており、現在の姿と形態的によく似ています。長い進化の歴史を持ちながら形態を大きく変えない「生きた化石」の側面も持ちます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学名 | Vampyroteuthis infernalis |
| 英名 | Vampire Squid |
| 分類 | コウモリダコ目コウモリダコ科 |
| 体長 | 最大約30cm(腕含む) |
| 生息深度 | 600〜2,000m(主に600〜900m) |
| 食性 | 海の雪(腐食食) |
| 特徴 | 黒いマント、大きな目、発光器 |
| 分布 | 世界の熱帯〜亜熱帯深海 |
コウモリダコはタコでもイカでもない独自の分類群に属し、「地獄のヴァンパイアイカ」という名前に恥じない奇妙な外見と生態を持ちます。しかしその実態は、海の雪をおとなしく食べて暮らす平和な生き物——ただし、低酸素の深海という誰も踏み込めない場所を生活圏とするだけです。
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